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視点を持って業界を読み解く。調剤Scope

医薬分業のメリットは
なぜ国民に見えないのか?【第一回】

東京大学大学院 薬学系研究科 育薬学講座 教授 澤田康文

医薬分業ほど、医療の世界において劇的な変化を招いた事象は、それ程多く存在しないのではないでしょうか。フォロー、アゲインスト、目まぐるしく変化するその風は、単純に医薬分業の良し悪しというよりは、もっと別の次元に隠された本質があることを予感させます。医薬分業の本質的議論を喚起するトリガーとして、医薬品情報学の泰斗である澤田教授に論考頂きました(森)

はじめに…国民に医薬分業が評価されていない?

内閣府の規制改革会議(議長=岡素之・住友商事相談役)は3月12日、「医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師、薬剤師という専門家が分担して行うこと)における規制の見直し」をテーマに公開ディスカッションを開いた。論点の一つとして、医薬分業を患者(国民)視点から見た場合、院内での処方よりも院外に発行された処方の方が支払うコストが高いが、コストに見合ったメリットが感じられにくいのではないかという指摘である。
討論に先立ち、一般市民を対象に実施した医薬分業に関するアンケートの結果が公表された1)。「薬をもらう時、薬代のほか、薬剤師による説明等のサービス料金がかかっていることを知っていますか?」という問いに対しては、「知らない」と回答した人が52.2%と半数以上を占めた。また、院内で直接薬をもらうよりも、院外処方せんを受け取って薬局で薬をもらう方が、同じ薬をもらう場合でもサービス料金(一部の患者負担金)が約300円増えることに関して、「薬局で受けられるサービスの内容に照らして見て、この価格差は妥当だと思いますか?」という問いには、58.5%の人が「高すぎると思う」と答え、「妥当だと思う」と答えた人は14.2%にとどまった。
これでは国民は、コストに見合ったメリットを感じにくいと判断せざるを得ない。一方で、薬剤師による医薬分業の成果(例えば、薬剤師が医師の作成した処方せんをチェックすることによる投薬時のトラブル防止<複数の医療機関からの重複投薬、疾患に禁忌となっている処方の発見など、また、副作用の初期症状の把握による重篤化の防止など>)は決して小さいものではないとの客観的なデータが揃いつつある。

これらは、医療の成果(成功例)であることから、直ちに国民よって高く評価されてもよいのではなかろうか? しかし残念なことにそれが殆ど出来ていないのである。一体どうしてなのであろうか?なぜ、薬剤師の業務による成果は国民に評価されていないのであろうか?

薬剤師による医薬分業の成果は大きい

実際は、医薬分業を推進する薬剤師は医薬品の適正使用に対して相当なる貢献を行っている。薬剤師は、患者基本情報を的確に収集し、「処方監査・疑義照会」、「薬学的患者ケア」を実践して、有害反応(副作用)・治療効果不十分、精神的不安、経済的損失等を回避或いは軽減する役割を演じている。
「処方監査・疑義照会」は、医師の処方内容に対して行われる。また「薬学的患者ケア」は、患者や家族に対して直接行われるサービスである。前者は最終的には患者の利益に結びつくものの、患者にはあまり理解されていない部分であり、特に詳細な説明を要する。処方監査・疑義照会は、医師の作成する処方内容に対して、用法用量、処方日数/回数/総数、安全性上、服薬遵守・QOL改善、調剤方法の指示などの不備に対して行われる。

例えば、安全性上の問題として、同じ医師、或いは同じ病院での複数の診療科の医師、また複数の医療施設の医師から、同時に同種同効薬(時に同じ薬のことも)や飲み合わせの問題となる薬が重複して処方された場合、投与禁忌となっている薬が処方された場合、薬に対するアレルギー歴や副作用歴を見逃して処方された場合などがあげられる。更に薬剤師が副作用の初期症状を発見すれば、処方の中止、薬の減量、別の薬への変更などが行われ、副作用の重篤化を阻止することがある。しかし、これらの薬を患者が服用し続ければ、有害反応(副作用)や薬物治療の失敗につながる。症状の悪化から入院となり、長期の治療が必要になれば生活の質も悪化し、余計な医療費が更にかかることになる。不幸にも死亡に至り、取り返しのつかないことになる可能性もある。医師の処方不備、薬剤師の処方チェック不備が明らかとなれば、両者は責任を問われることになるだろう。

院外に発行された処方せんに対する疑義照会の発生割合(平成25年度のデータ)は2.75%(推定処方せん枚数は2,098万枚/年)、うち処方変更に至った割合は76.5%(推定処方せん枚数は1,605万枚/年)である2)。疑義照会内容によっては、そのまま処方されていたら重篤な副作用へ至る可能性があるケース、充分な治療効果が得られないケースも少なくない。更に疑義照会に伴う薬剤費の節減効果は年間推定82億3,451万円に達するとシミュレーションされている。

なぜ薬剤師による業務は国民に評価されていないのか?

これだけの実績があるにも関わらずなぜコストにあったメリットが国民には感じられないのであろうか? 特に、国民には、処方監査・疑義照会がブラックボックスになっている。実は疑義照会は患者からは見えない“調剤室”の中で行われているのである。

医師によるハイリスク薬(向精神薬、糖尿病薬、抗癌薬、循環器系薬、血液凝固阻止薬などの重い副作用が起こる可能性が高い薬)の“重複投与”を考えてみよう。薬剤師は、それを見つけると、患者には聞こえないように配慮して医師に対して疑義照会する。医師は間違いに気づいて処方中止、処方変更となる。最終的に重複投与による副作用などは回避されるものの、結局、一見「何ごとも起こらなかった」ということになる。薬剤師がそのことの顛末を、明確に患者や家族に告げなければ、特に「薬剤師さん! よくやってくれた!」との言葉は発せられることはない。このような状態であれば、国民は、医薬分業のメリットを感じないのは当然であろう。具体的にシミュレーションしてみよう。

次回は、薬剤師さんが日頃行っている重要な業務が見えていない理由について、澤田教授が運営する1万人を優に超える薬剤師さんのネット会員を有するi-phissなどから、具体的な事例を用いて切り込んで頂きます(M)

新薬まるわかり2015
澤田 康文 東京大学大学院 薬学系研究科 教授

(文責:2015年11月 澤田 康文 東京大学大学院 薬学系研究科 教授)