災害時の医療を支える「モバイルファーマシー」と薬剤師の役割

地震や水害などの大規模災害が発生すると、病院や薬局が被災し、医療供給体制が寸断されるリスクがあります。特に継続的な服薬が必要な患者さんにとって、医薬品の確保と薬学的サポートが途絶えることは、生命に関わる深刻な問題です。
このような非常事態において、迅速かつ機動的に医療支援を行うための切り札となり得るのが、薬局機能を持つ車両「モバイルファーマシー」です。この特殊な車両は、通常の薬局と同様の調剤機能を搭載しており、被災地の最前線で活動します。
本記事では、このモバイルファーマシーが持つ機能などとともに、災害時における薬剤師の多岐にわたる重要な役割について紹介します。
モバイルファーマシーとは
モバイルファーマシー(Mobile Pharmacy)とは、災害発生時などの緊急事態において、医薬品の調剤、交付、薬学的管理指導を行うなど、薬局機能を持つ特殊車両のことです。
大地震や大規模な水害などにより、地域の薬局や病院が被災し機能停止に陥った際、医療支援活動の拠点として迅速に稼働できるよう設計されています。東日本大震災をきっかけに全国で初めて宮城県で導入され、現在では20ヶ所を超える複数の地域で導入が進んでいます。
災害時の移動薬局としての機能
モバイルファーマシーの最大の特徴は、一般的な薬局の主な機能を車内に搭載している点です。これにより、被災地や避難所など、通常の医療提供が難しい場所でも、安全かつ衛生的に薬剤師の専門サービスを提供することができます。
搭載されている主な設備・機能には、以下のようなものがあります。
- 調剤設備(分包機や電子天秤、調剤棚など)
- 医薬品在庫: 災害時に特に必要とされる、多様な種類の医薬品や衛生材料
- 処方箋情報や患者情報を管理するためのパソコンやプリンター、通信機器
- 外部電源が途絶えても稼働できる発電機
- 手洗いや調剤に必要な清潔な水の供給
- 衛生的に調剤作業を行うための調剤室
これらの設備により、被災地の状況に応じて、刻々と変化する患者さんのニーズに対応した調剤・交付が可能となります。
迅速な医療支援体制の構築
モバイルファーマシーは、被災地への迅速な展開が可能です。これにより、医療チーム(医師、看護師など)が活動を開始した際に、即座に薬学的支援を行うことができ、医療提供体制の立ち上がりを大幅にスピードアップさせます。
特に慢性疾患を持つ患者さんの継続的な服薬支援や、感染症予防のための衛生用品の提供など、地域の健康維持に不可欠な役割を果たします。
参考
一般社団法人宮城県薬剤師会「モバイルファーマシー」*1
一般社団法人横浜市薬剤師会「災害対策」*2
公益社団法人広島県薬剤師会「モバイルファーマシー」*3
厚生労働省「離島・へき地における薬物治療のあり方について」*4
その他の医療分野における災害対策の取り組み

モバイルファーマシー以外にも、国や自治体が備えている災害対策として以下のような取り組みが挙げられます。
災害拠点病院の整備と機能強化
各都道府県知事が大規模災害発生時に重篤な傷病者の受け入れやDMAT(Disaster Medical Assistance Team)の派遣拠点となる病院を要件に沿って指定し、耐震化やライフライン確保などの機能強化を図っています。
2025年4月1日時点で、災害拠点病院として全国783病院(基幹災害拠点病院63病院、地域災害拠点病院720病院)が指定されています。基幹災害拠点病院は各都道府県に原則1ヶ所、地域災害拠点病院は2次医療圏に原則1ヶ所設置されています。
参考
厚生労働省「災害拠点病院指定要件の一部改正について」*5
厚生労働省「災害拠点病院一覧」*6
DMAT(災害派遣医療チーム)の組織と研修
大規模災害の超急性期(48時間以内)に活動するための専門的な医療チームを養成・組織し、合同訓練や事故事例を通じた実践的な研修を定期的に実施しています。新潟県中越沖地震や熊本地震など、災害発生地での活動実績も多数あります。
参考
厚生労働省「日本DMAT活動要領」*7
医療機関の業務継続計画(BCP)策定
災害発生時でも医療機能の停止を最小限に抑えるため、電源・水・医薬品の確保、職員の参集基準、重要業務の特定など具体的な手順を定めた計画(BCP)を策定・訓練しています。BCPの策定は法律上の努力義務(医療法)となっており、各医療機関が実施しています。
参考
厚生労働省「医療施設の災害対応のための事業継続計画(BCP)」*8
災害時情報共有システム(EMISなど)の活用
災害発生時、医療機関の被害状況、稼働状況、DMATの活動状況などを国や自治体、医療機関間で共有するための情報システム(EMIS:Emergency Medical Information System、広域災害・救急医療情報システム)の運用と利用訓練を行っています。
たとえば徳島県では、「すだちくんメール」や「すだちくんSNS」といった地域独自の安否確認サービスを運用しています。
参考
インターリスク総研「災害時情報共有システム利活用ハンドブック」*9
徳島県「徳島県災害時の安否確認サービス すだちくんメール」*10
在宅療養患者への災害時支援体制構築
人工呼吸器など特別な医療的ケアが必要な在宅患者を対象に、名簿の作成、電源確保(ポータブル電源)の支援、訪問看護師による巡回支援の体制を地域連携で構築しています。
この取り組みは、東京都や大阪府など、人口が多い地域で特に重点的に行われています。
災害時における薬剤師の役割

大規模災害が発生した場合、薬剤師は通常の調剤業務に加え、専門知識を活かした多岐にわたる役割を担います。単に薬を提供するだけでなく、公衆衛生の維持や、被災者の生命と健康を守るうえで極めて重要です。
医薬品の供給・管理と情報提供
災害時において、薬剤師の最も基本的かつ重要な役割は、医薬品の安定的な供給と適正な管理です。
| 医薬品の調剤・交付 | 避難所や救護所、あるいはモバイルファーマシーにて、医師の処方に基づき迅速かつ正確に医薬品を調剤し、患者へ交付します |
|---|---|
| 在庫管理 | 限られた医薬品を効率的に活用するため、被災地全体のニーズを把握し、医薬品の在庫状況を適切に管理・調整します |
| 継続的な服薬支援 | 高血圧や糖尿病などの慢性疾患患者さんに対して、お薬手帳がない場合でも、残薬状況や服薬歴を聴取し、必要な医薬品を特定して継続的に供給するサポートを行います |
| 医薬品情報の提供 | 慣れない環境で不安を抱える被災者に対し、医薬品の正しい飲み方や効能、副作用などの情報提供を行い、服薬コンプライアンスの維持を図ります |
薬学的管理と公衆衛生への貢献
薬剤師は、薬の専門家として、医療チームの一員として活動する中で、薬学的管理を通じて患者の健康状態の改善に寄与します。
| 重複投与・相互作用の防止 | 複数の医療機関を受診したり、市販薬を併用したりすることで起こりうる、薬の重複や危険な相互作用をチェックし、防止します |
|---|---|
| 薬物アレルギーの確認 | 混乱した状況下で情報の伝達漏れがないよう、アレルギー歴を厳重に確認します |
| 一般衛生の指導 | 災害時には不衛生な環境になりがちです。薬剤師は、感染症予防のための手洗いやうがい、消毒薬などの衛生用品の適切な使用方法について指導し、公衆衛生の維持に貢献します |
| 環境衛生への配慮 | 避難所における換気やゴミの処理、トイレの衛生管理など、環境面からの健康被害を防ぐ活動にも関わります |
医療連携と情報集約
薬剤師は、被災地の医療連携において重要なハブの役割を果たします。医師や看護師と密接に連携し、円滑な医療提供を支援します。特に、モバイルファーマシーや救護所での活動を通じて、医療の流れを止めないよう努めることが重要です。
また、被災地で不足している医薬品や、特定の患者さんに関する薬学的情報を集約し、行政や他地域の支援薬局との間での情報共有を促進します。これにより、広域的な支援活動が効率的に行われるようサポートします。
まとめ
モバイルファーマシーは、災害発生時に地域の医療インフラが失われた際、医薬品の調剤・供給機能を迅速に再開させるための「切り札」として極めて重要です。場所を選ばず、慢性疾患患者の継続治療や公衆衛生の維持に必要な薬学的サービスを提供します。
さらに、そのモバイルファーマシーを運用する薬剤師は、単に薬を渡すだけでなく、重複投与の防止や衛生指導など、多角的な専門知識を活かして活動します。薬剤師は、災害という極限状況下において、医療チームの一員として被災者の命と健康を守り、地域社会の早期復旧を薬学的視点から力強く支える、不可欠な存在であると言えるでしょう。
参考
*1:一般社団法人宮城県薬剤師会「モバイルファーマシー」
*2:一般社団法人横浜市薬剤師会「災害対策」
*3:公益社団法人広島県薬剤師会「モバイルファーマシー」
*4:厚生労働省「離島・へき地における薬物治療のあり方について」
*5:厚生労働省「災害拠点病院指定要件の一部改正について」
*6:厚生労働省「災害拠点病院一覧」
*7:厚生労働省「日本DMAT活動要領」
*8:厚生労働省「医療施設の災害対応のための事業継続計画(BCP)」
*9:インターリスク総研「災害時情報共有システム利活用ハンドブック」
*10:徳島県「徳島県災害時の安否確認サービス すだちくんメール」
- ※「モバイルファーマシー」は一般社団法人宮城県薬剤師会の登録商標です。
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