薬局QI-ポスト対人業務シフト時代のキーワード
対人業務シフトが叫ばれて久しい。調剤機器・システムがさらに発展し、薬剤師による対人業務が、目標ではなく当たり前の業務になった時代に何が起こるのか?薬局QIをキーワードに考えてみた。
時代の兆候は常にサブマリン的である
もう10年が経過した。厚労省が「患者のための薬局ビジョン*1」で、薬局の機能を対物中心から対人中心へと方針を打ち出した2015年からの年数だ。
現在における対人業務へのシフトの進捗はいかばかりか。積極派にとっては遅いと感じるだろうし、徐々にではあるが進んでいるとの感覚が多数派なのかも知れない。本コラムを「もう」で書き出した時点で、筆者は自動的に前者へ分類されるのだろうが、お伝えしたいことは「遅い」というお話ではない。
実は世の中はさらにその先に向かって動き始めている。つまり「ポスト対人業務時代」の方向性が模索されているという点についてだ。その動向はまだ目にできないという意味でサブマリン的ではある。本コラムは、水面下でしっかりと刻まれ始めたこの胎動について共有したい。
ポスト対人業務と薬局Quality Indicator (QI)
胎動の正体は「薬局QI」だ。薬局QIとはその名のとおり、「薬局が提供するケアの質を評価する指標*2」という意味である。
そもそもヒトは関心事を評価したい生き物だ。これだけ進めるように!と言われている薬剤師の対人業務、その比率が高まってきたら業務の評価に意識が向くのは自然なことだろう。
世界でも同様な傾向はあるらしく、特に欧州を中心とした薬剤師の団体であるPharmaceutical Care Network Europe (PCNE)*3では、この薬局QIの定義を2022年2月に参加20か国において採択した。今では糖尿病患者に関するQIも策定している。
この遠く離れた場所での動きを主導しているのが、実は日本人研究者*4であることは、その成果の割に意外と知られていない。
その日本人研究者とはシドニー大学医学部(当時は薬学部)に在籍する藤田健二氏(当時はTimothy F. Chen教授に師事)である。藤田氏は同大の佐藤周子氏らとともに、コロナ禍以前の2018年からJP-QUEST*5の名称で日本の在宅患者や高齢者へのQI開発を研究していたトップランナーなのだ。
シドニー大学での研究から厚労科研へ
当時のJP-QUESTでは、前述のカテゴリーで専門家パネルによって開発されたQIが、日本の薬局現場で運用された。この、専門家の知見レベルと現場での運用性との両者のスクリーニングを生き残ったものがQIであり、参加薬剤師の期待値には高いものがあった。
これまで「国民の目に見えない」「医師や看護師からも認識しづらい」等の声に対して、忸怩たる思いをしてきたのが少なからず薬剤師の共有感覚だったのではないか。QIが運用されれば薬剤師自身が行った対人業務の質が目に見えるスコアとして評価されるのだから、参加した薬剤師が感じた期待はもっともだろう。
それにもかかわらず、電子薬歴から自動的にQIスコアを算出することができない=手動の壁が立ちはだかり、その後QI研究は隘路に陥ったように見えた。
しかし、意外なことからQI研究は息を吹き返す。そのきっかけは筆者がある厚労省のワーキンググループ(WG)で提供した参考資料*6にPCNEや藤田氏のことを記述していたことだった。
その後、厚労省の担当官から藤田氏の紹介を要請され面談をセット、ついには厚労科研の予算を確保されたという流れだ。その後、横浜薬科大学の田口真穂氏を代表とした研究班が発足*7したというわけである。ここで推察できることは、国は直接的に表現してはいないが「ポスト対人業務時代」に目を向けているということだ。
いよいよ薬局QIは運用試験フェーズへ
さて、PCNEを中心とした欧州の国々をはじめ、薬局QIへの関心が高まりつつあるなか、本邦でも厚労科研の研究班がスタートしたのは2024年度。いまは2年間の期間の2年度目。いよいよ後半の仕上げにかかっていく時期である。
その研究内容については、既にいくつか途中の成果などが業界メディアの記事*8 *9で報道されたり、FIPほかの学会で発表され始めている。
ここまで過去1年半超の時間をかけて開発されたのは高齢者向けのQI。今回のQIには以前のJP-QUESTで開発されたものに加えて、先述のPCNEによる国際糖尿病QIや、今年2月に厚労省から発表された5疾病の「薬局における疾患別対応マニュアル*10」から研究班で抽出・評価したQIも網羅されていて合計200弱。これから電子薬歴ベンダー5社(予定)の協力のもと、「自動計算」で薬局の実データに基づいて検証するフェーズを迎えようとしている。
また、薬剤師の疑義照会をアウトカム的な扱いとして検証するため、研究班側で自動的に分類する仕組みも用意している。研究班では定量的研究に加えて、薬剤師へのインタビューも鋭意計画しているところだ。
薬局QIは何を変えるのか?
冒頭、対人業務時代への進捗が遅いかどうかに触れた。もし遅いとするならば、次の要因が関係しているのではないか。「時間」「技能」「報酬」の3点である。
「時間」は調剤機器・システムが機能とコスト面で頑張り、さらに薬剤師以外の方に使用してもらえる保証を提供することだろう。「技能」はコミュニケーションも含めて薬剤師の諸先生方に頑張ってもらうしかない。筆者はAIのコミュニケーション力を心配する立場はとっていないが、ここでは触れない。最後に「報酬」。結局、ここが後追いになってしまうことが問題ではないか。
薬剤師が臨床介入した成果をエビデンスとして出せとよく指摘される。ただし、そこには一論文一領域の狭さに加えて、時間が掛かり過ぎる問題が横たわる。そこで薬局QIの出番だ。専門家パネルに侃々諤々の議論を重ねてもらったQIと、薬歴からの自動算出機能さえあれば、一度設定したQIが広範囲の領域をカバーし「報酬」にリンクさせることも可能だろう。各領域の臨床研究成果は、運用中のQIの評価修正に用いることでブラッシュアップにも役立てられる。
これにより「時間」「技能」「報酬」の三位一体が、一つの円環となって機能し始める。実は薬局QIはポスト対人業務時代の代物というより、with対人業務シフトのそれなのかも知れない。薬局QIは「いま」現在のキーワードである可能性を指している。
文責 2025.9.1 ㈱ユヤマ学術部・部長 森 和明
<編集後記>
- 薬剤師の貴重な職能をこの国の薬物治療にどのように活かすか?そのために何が必要なのか?をいつも考えさせられます。機器もQIもそういう意味では等しくピースです。この10月には第58回日本薬剤師会学術大会分科会10でも発表*11がご覧になれます。(学術部:K.M)
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References (all accessed 1 September, 2025)
*1 https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/vision_1.pdf
*2 https://link.springer.com/article/10.1007/s11096-023-01631-8
*3 https://www.pcne.org/
*4 https://www.pcne.org/working-groups/3/guidelines-and-indicators
*5 https://www.jp-quest2.com/
*6 https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000921958.pdf
*7 https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/177618
*8 https://pnb.jiho.jp/article/240801
*9 https://www.yakuji.co.jp/entry121188.html
*10 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/5shippeiguideline.html
*11 https://www.c-linkage.co.jp/jpa58/program/#02
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