2024.04.16調剤機器

イギリスの薬局事情(前編)

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イギリスの医療において特徴的なのが、第二次世界大戦後の1948年に成立したNHS(国民保健サービス)という独自の制度です。これによって、イギリス国内の薬局に求められる役割ももちろん日本の状況とは異なります。

しかし日本がこれからの薬局や薬剤師のあり方を模索するうえで、世界各国の多様な事例を学ぶことは重要でしょう。そこで今回から前編・後編の2回にわたって、イギリスの薬局事情について紹介します。前編では、イギリスの医療体制と薬局の提供するサービス、そして薬剤師に認められている「処方権」を取り上げます。

イギリスの医療体制

イギリスのNHS(国民保健サービス)においては、かかりつけ医による一次医療(プライマリーケア)と専門医による二次医療(セカンダリーケア)が明確に区別されています。イギリスの場合、一次医療は地域の一般開業医であるGP(General Practitioner)が担当します。国民はまずGPの診察を受けてから、必要に応じて病院を紹介してもらい、二次医療として専門医の診察や治療を受けるのが一般的です。

また、イギリスでは完全医薬分業制が導入されているため、GPが発行した処方箋は患者自らかかりつけの薬局に持ち込み、薬を受け取る体制になっています。

イギリスの薬局が国民に提供するサービス

イギリスの薬局では、「Essential Service(必須サービス)」「Advanced Service(アドバンストサービス)」「Locally Commissioned Service(地域サービス)」という3つに分類されるサービスを提供しています。それぞれ、どんな内容を含んでいるのかは以下の通りです。

Essential Service(必須サービス)

必須サービスは、NHSによってすべての薬局が提供しなければならないサービスとされています。サービスの内容は以下の9種を定めています。

  1. DMS(退院時薬剤サービス)
  2. 医療機器の提供
  3. 医薬品の提供(調剤)
  4. 不要薬剤の廃棄
  5. HLP(健康生活支援薬局)
  6. Public Health(公衆衛生)
  7. リピート調剤,eリピート調剤
  8. 地域ケアサポート資源への誘導
  9. セルフケアのサポート

DMS(退院時薬剤サービス)は、患者の再入院を減らすことの重要性にもとづき、2021年に新設されました。これによって、患者さんが退院した際に行う服薬指導を、病院が薬局へ委託することが可能になっています。

Advanced Service(アドバンストサービス)

アドバンストサービスは、NHSの認定を受けた薬局のみが提供可能です。具体的には、以下の6種のサービスを提供します。

  1. CPCS(地域薬剤師相談サービス)
  2. Flu Vaccination(予防接種)
  3. C型肝炎検査サービス
  4. 高血圧症例調査サービス
  5. NMS(新規薬剤サービス)
  6. 禁煙指導サービス

CPCS(地域薬剤師相談サービス)は2020年に開始したサービスで、軽医療や緊急医薬品の供給が必要な場合にGPやNHSが患者を薬局へ紹介できます。また、NMS(新規薬剤サービス)は新しい薬剤が処方された際に、1か月間、薬剤師が患者に対して集中的にフォローするサービスのことです。喘息やCOPD、高血圧症、高脂血症などが対象となっています。

Locally Commissioned Service(地域サービス)

地域サービスは、地域ごとのニーズにもとづいてNHSや各地域の関係当局から薬局に委託されるサービスのことです。たとえば緊急避妊薬の処方や長期疾患管理、体重管理サービス、注射針交換サービスなどが該当し、内容は多岐にわたります。

処方権が拡大しているイギリスの薬剤師

社会保障の重要な柱となる医療は、社会の要請とともに常に最適な形へと変化していく必要があります。その一環として、この四半世紀でイギリスの薬剤師に認められたのは処方権でした。

発端となったのは、2000年代にGPの人手不足が問題視されたことです。これを背景に導入された新たな制度において、2003年には薬剤師に補助的処方権(SP)が認められました。ただし、補助的処方権(SP)では限定された治療管理計画にもとづいて医薬品を提供するのみでした。

その後、急性期疾患の運用限界の問題などが顕在化し、2006年からは医師や歯科医師との協働のもとではない独立処方権(IP)が認められるようになりました。これによって薬剤師が独自の判断にもとづき、処方箋薬を提供できるようになったのです。

以降、プライマリーケアの活用を推進する動きなどが強まり、現在ではIPを保有する薬剤師がGPの診療所へ配置され、患者の評価や治療、臨床的な薬剤レビュー、予防接種の実施などを担うようになりました。2021年にはIP薬剤師の2,000名の配置が完了し、今後は8,000名に増員する計画があります。2021年からは大学の学部教育と薬剤師登録前トレーニングが更新されたため、2025年に学部を卒業し、2026年にトレーニングを修了した薬剤師は、初めからIP薬剤師として登録されることになります。

現在、政府は診療看護師の薬剤師版として、アドバンスト・プラクティショナーの仕組みを導入すると表明しています。将来的に、すべての慢性疾患患者を薬局の管理のもとに置く方向性で政策が検討される可能性が高く、薬剤師の役割も新たな転換期を迎えることが予想されます。

まとめ

今回紹介したように、イギリスではますます薬剤師に対する権限移譲が進み、業務範囲が拡大しつつあるなかでプライマリーケアへの貢献が大きくなっています。日本とイギリスでは前提条件が異なるにしても、こうした変化は超高齢社会が続く日本においても少なからず参考になると言えるでしょう。

 

<編集後記>

  • 薬剤師の世界では、色んな面で日本の一歩前を歩んでいることが多い英国。“独立処方権”を有する IP薬剤師で満たされた結果、どのような薬物治療シーンが出現するのか? 興味津々です。(学術部:K.M)
  • 初めてイギリスの医療制度や薬局事情について詳しく知りましたが、薬剤師の社会的な存在価値が高まっていると感じました。(ライター:N.K)

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タグ : イギリス 薬剤師 薬局
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