現地体験レポート:香港の薬学教育と薬剤師事情
香港には薬学部を有する大学が2校あります(2025年3月現在)。香港の南側に位置する香港島エリアの「香港大学(HKU)」、そして北側に位置する新界エリアの「香港中文大学(CUHK)」です。
今回は、和歌山県立医科大学 薬学部 社会・薬局薬学研究室 鈴木 渉太先生が、香港中文大学(CUHK)を訪ねた際に見聞した、香港の薬学教育や薬剤師の現状などをレポートとしてお届けします。
大学と周辺環境
CUHKは新界の沙田区にあります。この地域には「沙田競馬場」や「香港文化博物館」「車公廟」などが点在し、自然と住宅地が共存する落ち着いた雰囲気が特徴です [1]。香港の鉄道網 (MTR) は非常に発達しており、大学から中国・深圳との出入境ポイントである羅湖駅や落馬洲駅へも1時間以内でアクセス可能です。
CUHKのキャンパスは土地が狭いとされる香港のイメージに反して広大で、最寄駅に隣接する高級ホテルや、学内のエスカレーター、スクールバスなど移動を支援するインフラが整備されています。薬学部の建物は高地に位置し、キャンパス内の移動はちょっとした登山のように感じられます。
薬学部教育の特徴
CUHKの薬学教育は1992年に開始され、4年制プログラムを提供しています。全学生が「Pharmaceutical Science」と「Pharmaceutical Practice」の両方を体系的に学びます。特筆すべきは、低学年からプラクティス科目が組み込まれており、学年が上がるごとに実践的な学びが増えるカリキュラム設計です[2]。
聴講した授業では、病院薬剤師がEBMの実践例や自身の臨床研究を紹介しており、非常に実践的な内容でした。また、薬学部内に設置された模擬薬局には高性能な録画設備があり、実習の様子を映像で振り返ることでスキル向上を図っていました。
日本の薬学教育が多くは「サイエンス」重視であるのに対し、CUHKでは早期から「プラクティス」に重点を置いているのが印象的でした。
香港における言語と文化
香港の日常言語は広東語ですが、非話者と判断されると自然に英語へ切り替わります。授業は基本的に英語で行われますが、学生同士の会話では広東語も頻繁に使われていました。街中では日本の文化も人気で、日本食レストランやキャラクター商品が至る所に見られます。
薬学部では、3-4年次に国際交流プログラムがあり、中国本土、日本、欧米諸国での薬剤師業務を体験できる機会が用意されています。薬学部で働く教員の多くも、海外で臨床薬剤師としての勤務経験を有していました。
卒業後は国家試験を受けずに、1年間のインターンシップを経て薬剤師免許を取得できます。また、外国人薬剤師も英語での試験に合格すれば香港で働くことが可能で、年収は日本の約2倍と言われています。ただし、土地価格が非常に高く、生活費も高額です。
薬学生の進路
香港では薬学部が2校しかないため、年間卒業生数は約200人と日本に比べかなり少数です。卒業生の多くは病院薬剤師を希望しますが、近年では地域薬局や、製薬企業に進む人も増えています。
見学したPfizer Hong Kongでは、薬事申請やメディカルアフェアーズ業務を中心に活動しており、高層ビルのオフィスに拠点を構えていました。また、大学に隣接した研究機関であるHong Kong Institute of Biotechnologyでは、最先端のCAR-T療法の研究が進められていました。
さらに、大学の病院であるPrince Wales HospitalのHong Kong Institute of Integrative Medicineでは、漢方薬を用いた臨床試験を行っていました。卒業生には、こういった研究職や臨床研究関連の進路も確立されつつあります。
地域薬局とプライマリ・ケア
香港市内にはWatsons、Mannings、マツモトキヨシなど、日系を含む薬局が多く、薬剤師も多く勤務しています。
香港の医療システムは公立(Public)と私立 (Private)に明確に分かれており、民間薬局は「非政府(NGO)薬局」と呼ばれることがあります。 近年、香港政府はプライマリ・ケアの強化を目指し、非政府薬局との連携を推進しています。
見学したLok Sin Tong Mr. & Mrs. Lee Yin Yee Medical Centreでは、医療クリニックや薬局が高層ビル内に集積され、教育・福祉・老人介護なども提供していました。薬剤師による高血圧・糖尿病管理プログラムや、チャットアプリを活用した健康相談も積極的に展開され、地域薬局薬剤師の活躍が今後さらに期待されています。
おわりに
多文化が交差する都市・香港では、薬剤師の役割が拡大し続けています。特に、香港政府によるプライマリ・ケア推進政策のもと、病院外での地域における薬剤師の重要性が高まっています。今後、香港の薬剤師は医療の変革を支えるキープレイヤーとなっていくことでしょう。今後の動向に注目です。
◆参考URL
[1] 香港政府観光局. 沙田.
[2] School of Pharmacy, CUHK. Roadmap to a Registered Pharmacist
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