2025.11.20薬剤師 , 業界情報

医療DXの中核となる「標準型電子カルテ」。普及に向けたロードマップとは?

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医療DXの中核となる「標準型電子カルテ」。普及に向けたロードマップとは?

政府が掲げる「医療DX令和ビジョン2030」

高齢化の進行に伴い疾病も増加し、医療の需要は高まる一方です。それに呼応して医療の提供体制は複雑化し、効率化が大きな課題とされています。

従来の課題を解決し、医療提供体制そのものを変革するために政府が打ち出した「医療DX令和ビジョン2030」。これは医療の質と効率の向上を目指す総合的なデジタル化政策であり、今後の医療のあり方を決定づける国家戦略の中核に位置づけられています。

このビジョンが目指すのは、データヘルス改革の実現です。具体的には、診療情報(レセプト、電子カルテ、処方箋、健診結果など)を患者自身や全国の医療機関で共有・閲覧可能とするための技術的・制度的基盤を構築することに焦点を当てています。

その中核となるのが、全国医療情報プラットフォームの整備です。このプラットフォームは、医療・介護全般にわたる情報を国が一元管理するデータ基盤となり、電子処方箋やオンライン資格確認といった既存の仕組みに加え、電子カルテ情報(3文書6情報:診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果報告書などの文書と、傷病名、感染症、薬剤禁忌、アレルギー、検査、処方といった基本データ)の共有を担います。

「医療DX令和ビジョン2030」の最大の目標は、「2030年までに、ほぼすべての医療機関で標準型電子カルテまたは同等の規格に準拠したシステムを導入すること」です。これは民間の努力だけに頼らず、国が主導して医療情報システムの標準化と普及を推し進めるという意思の表れと言えるでしょう。

参考1:厚生労働省「「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム

従来の電子カルテを取り巻く課題


従来の電子カルテを取り巻く課題

そもそも従来の電子カルテシステムは、日本全国の医療機関で質の高い情報を共有することを阻む、いくつかの深刻な課題を抱えていました。

まず、高コスト構造が挙げられます。従来のシステムは多くがオンプレミス型であり、さらに医療機関ごとの細かな要望に応じてカスタマイズされることが一般的でした。このため、初期導入コストが高額になるだけでなく、維持管理やシステム更新の度に多大な費用が発生し、特に中小規模の医療機関における導入の足かせとなっていました。

次に、情報連携の壁です。従来の電子カルテは、システムベンダーごとに独自仕様で開発されているものが多く、国際標準規格であるHL7 FHIR(ファイア)などへの準拠が進んでいませんでした。結果として、異なるシステム間でのデータ互換性が低く、情報共有は原則として院内完結型となっていました。これにより、他の医療機関で発生した重複検査や投薬ミスの防止、さらには災害時における迅速かつ適切な医療提供が困難となっていました。

これらの課題が複合的に作用し、厚生労働省の調査では令和2年の時点で電子カルテの普及率が病院で6割弱、診療所で5割弱にとどまるなど、政府が目指す「医療のデジタル化」において、大きな遅れが生じていました。

そこで「医療DX令和ビジョン2030」の実現に向けて厚生労働省とデジタル庁が主導して整備を進めているのが、「標準型電子カルテ」と呼ばれるクラウド型の電子カルテシステムです。

参考2:厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移

標準型電子カルテとは

標準型電子カルテの最大の定義と特徴は、次の3点に集約されます。

① 国際標準規格への準拠

前述したHL7 FHIRという国際標準規格に準拠しています。これによってベンダー独自仕様の壁を乗り越え、異なる医療機関やシステム間でのデータ連携(情報共有)がスムーズになります。

② クラウド・ネイティブかつ廉価な提供

マルチテナント方式(SaaS型)のクラウドサービスを基本とします。一つのシステムを複数医療機関で共同利用することで、従来のオンプレミス型に比べ、安価で導入・利用できるように設計されています。これにより、コスト面で導入を控えていた無床診療所や中小病院(200床未満)を主なターゲットとしています。

③ API連携を前提とした最小限の機能

全国医療情報プラットフォームへの接続、電子処方箋管理サービス、電子カルテ情報共有サービスなど、国が必須と定める中核機能に絞り込まれています。レセプトコンピューター(レセコン)や予約システム、経営分析機能などは含まれず、標準API(共通インターフェース)を通じて民間事業者が提供する周辺機能と柔軟に連携するプラットフォーム型の基盤として設計されています。

標準型電子カルテの普及メリット


標準型電子カルテの普及メリット<img src=

標準型電子カルテの普及は、医療機関や患者に対して以下のようなメリットをもたらすことが期待されています。

医療の質の向上と効率化を図れる

全国医療情報プラットフォームを通じて、患者の3文書6情報が安全かつ正確に共有されます。医師は初めて診る患者に対しても既往歴や投薬情報を把握でき、重複検査や処方ミスの防止、さらには災害時などの緊急時にも適切な医療提供が可能となります。これは、医療安全の確保と質の向上に直結する最大のメリットです。

導入・運用コストの大幅な削減が見込める

クラウドベースのマルチテナント方式を採用することで、従来の高額なオンプレミス型・カスタマイズ型システムから脱却し、安価で導入・運用できます。また、国が主導するため、システム導入における医療機関側の負担軽減が期待されます。

診療報酬改定対応の負荷が軽減される

国が共通算定モジュール(診療報酬の自動計算エンジン)を提供する予定です。従来のシステムが抱えていた、診療報酬改定時の複雑なシステム改修やアップデート対応にかかる医療機関やベンダー側の負担が大幅に軽減され、運用の手間とミスが減るため、経営の合理化につながります。

柔軟な機能拡張が可能になる

最小限のコア機能に絞り込み、API連携を前提としているため、医療機関は自院の診療スタイルやニーズに合わせて、民間の予約システムやオンライン診療アプリなど、必要なオプション機能を柔軟に追加・連携させることができます。

標準型電子カルテの普及に向けたロードマップ

2025年10月現在、政府は「医療DX令和ビジョン2030」に基づき、標準型電子カルテの普及に向けて以下の具体的なスケジュールでロードマップを推進しています。

時期 マイルストーン 内容
2025年度 α版の試験運用開始 無床診療所を対象に、限定的な環境下でα版(クラウド版)の試行運用を開始し、フィードバックを収集
2026年度中 標準仕様の完成と普及計画の策定 共通算定モジュールなどの機能拡張を行い、全国医療情報プラットフォームとの本格接続を推進。医科診療所向けの標準仕様(基本要件)を完成させる。また、2026年夏までに、具体的な普及計画を策定する
2030年まで 普及目標の達成 概ねすべての医療機関において、標準型電子カルテまたは同等の規格に準拠したシステムの導入完了を目指す

このロードマップに従い、標準型電子カルテは今後、医療DXを推進するための主要なインフラとして、日本の医療現場に不可欠な存在となるでしょう。

医療機関別の具体的な対応方針

令和7年7月に公表された厚労省の資料によると、医療機関における電子カルテの導入状況や形態(診療所か病院か)に応じて、今後は以下のような具体的な対応が予定されています。

医科診療所向けの対応 (医科無床診療所が対象)

区分 対応方針
電子カルテ導入済み(オンプレミス型) 次回システム更改時に、標準型電子カルテに準拠したクラウド型電子カルテへの移行を促す。また、共有サービス/電子処方箋に対応するシステム改修等を実施
電子カルテ導入済み(クラウド型) 標準型電子カルテに準拠したクラウド型への移行を図りつつ、困難な場合は、共有サービス・電子処方箋に対応したアップデートを推進
電子カルテ未導入 共有サービス/電子処方箋に対応できる標準化された電子カルテの導入を進める。標準型電子カルテは2025年度中に本格運用の具体的内容を示した上で2026年度中の完成を目指している

病院向けの対応

区分 対応方針
電子カルテ導入済み 共有サービス・電子処方箋管理サービスに対応するため、医療情報化支援基金を活用し、次回システム更改時のシステム改修を促す
電子カルテ導入済み(特に重点的に対応すべき病院) 地域医療支援病院・特定機能病院等に対しては、医療法改正法案の努力義務規定に基づき、率先してシステム改修に取り組むことを促す
電子カルテ未導入 すでに導入を予定している病院に対しては、導入時に共有サービス・電子処方箋管理サービスへの対応を促す。また、国の標準仕様に準拠したクラウド・ネイティブなシステムへの移行を進める

参考3:厚生労働省「電子処方箋・電子カルテの目標設定等について

まとめ

一連の課題と政府の取り組みを踏まえると、今後「標準型電子カルテ」に期待されるのは、単なるシステムの入れ替えに留まらない、医療提供体制そのものの変革です。

もっとも期待されるのは、国際標準規格への準拠が実現することによる、真の全国連携です。これによって医師や患者は必要な時に必要な診療情報を共有できるようになり、重複検査や投薬ミスといったヒューマンエラーの削減、ひいては医療の質の劇的な向上と、医療安全の確保に直結します。特に災害時における医療提供の継続性強化は、国民の安心につながるでしょう。

また、カルテ従来の高コスト構造が解消されることも重要です。2030年の普及目標達成に向けて、特にこれまで導入が進んでいなかった中小医療機関や無床診療所が過度な負担なくシステム移行できるような、現場目線の導入支援が求められます。

さらに、標準型が最小限の機能に絞られているからこそ、API連携を介した民間ベンダーの競争と創意工夫が期待されます。レセコンや予約システム、AIを活用した診断支援など、多様なオプション機能が自由に選択できる「プラットフォーム型電子カルテ」として機能することで、標準化による効率性と医療機関ごとの柔軟なニーズへの対応という、一見相反する要素の両立が実現するでしょう。

今後ロードマップが着実に遂行され、日本の医療DXが世界に誇れるモデルとなることに期待が寄せられます。

参考

*1:厚生労働省「「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム

*2: 厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移

*3:厚生労働省「電子処方箋・電子カルテの目標設定等について

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