薬剤師の声は高齢者の〝耳〟に届いているのか?
薬剤師の声は高齢者の〝耳〟に届いているのか?
薬剤師の皆さんは不安に感じられたこと、ないでしょうか?「私が伝えたこと、伝えたいことは、ご高齢の患者さんにちゃんと届いているのかな」と。
とくに外来にお越しになってちょっとしたやり取りから感じる意思疎通のハードルや、患家に訪問して枕元に転がる不自然な量の残薬を目にしたときなど……。
年齢を重ねるごとに聴力が低下していくのが自然の理なら、超高齢社会で慢性疾患の薬物治療を支える機会が増え続ける薬剤師にとって、これはちょっと問題だと思うのです。なぜなら、聴こえに障害があるとスムーズなコミュニケーションはおろか、服薬アドヒアランスにまで影響が及ぶ可能性が十分に考えられるからです。と、想像はつくものの、実際にはどの程度、〝高齢者は聴こえ〟ていなくて〝薬剤師との関係性〟に影響しているものなのでしょうか。
というわけで、昨年の夏、ハザマ薬局門真店さんが訪問しているある高齢者施設の入居者さんにご協力いただいて、聴力分布の実態と薬剤師へのエンゲージメントの調査* 1 (ユヤマ学術部,ユニバーサルサウンドデザイン,聴脳科学総研,ファルメディコ,PHB Design共同研究:倫理的配慮;JACP倫理審査委員会 承認番号202304)を行ってみたのです。今回の記事では、そこで何が見えてきたのかを共有したいと思います。
語音聴取率と薬剤師エンゲージメントを計測して関連をみる
ごく簡単に方法を示しますと、全入居者66名のうち、ご本人とご家族両方の承諾が取れた入居者さん49名(83.8歳±8.8歳)に先ず〝聴こえのチェック〟として語音聴取率を計測。その後、担当薬剤師がいない状況で別の調査員(私がほぼこの役割)が入室し、服薬指導で定期的に訪れる担当薬剤師へのエンゲージメントを調査します。ここで諸事情にてエンゲージメント調査が出来なかった5名が脱落し44名となりました。
このふたつの調査から、語音聴取率が良好な入居者群(高値群)の方が、そうでない群(低値群)よりも薬剤師へのエンゲージメントスコアが高いという結果が導かれるのではないかと仮説を立てたわけです。そこで語音聴取率を説明変数、エンゲージメントを目的変数としてクロス集計し感度等を求めました(検定はフィッシャーの正確確率検定, α=0.05)。
なお、語音聴取率(%)は純音聴力(dB)との換算式は過去の論文* 2 等で示されているので、入居者さんの調査結果を正常値から軽度・中等度・高度・重度の別に難聴のレベル毎に層別することが可能です。
エンゲージメントについては、産業界で広く用いられているNPS®(Net Promoter Score)の考え方を応用したリッカート尺度を、高齢の入居者さんが回答し易いように評価の刻みを1/2スケール化して行いました。調査員が当該薬剤師ではないことは前述したとおりです。
ほとんどの方は難聴で、エンゲージメントにも影響していた!
さて、結果はというと、語音聴取率の解析対象となった入居者さん49名のうち正常値はわずか3名。実に46名(93.9%)もが難聴との判定になりました。しかも、耳元で大きな声で話されても聴き取り辛い高度以上の難聴有病者も15名(30.6%)認められました。
高度難聴とは純音聴力で70dB以上のレベルで、障害者手帳の適用になる方たちです。この層を聴こえの〝低値群〟とし、純音換算値70dB未満を比較的聴こえが良好な〝高値群〟として、薬剤師へのエンゲージメント調査結果(推奨者・非推奨者,n=44)を目的変数とした2×2分割表(Table)を作成しました。
当初の仮説どおりであれば、高値群が推奨者に対して高い感度が得られるはず。その結果は86.2%と非常に高く、曝露群のリスク比も2.083を示し、当該分割表のP値は0.028で有意であることが判明しました(低値群×非推奨者のリスク比は2.625とさらに高い)。
また、難聴のレベルを5段階に層別したレイヤーごとに、推奨者と非推奨者の比率を積上げグラフで作成してみます(Fig)。当然、各レイヤーに含まれる入居者数は不揃いになるのですが、それでも正常→軽度難聴→中等度難聴→高度難聴→重度難聴の順に推奨者比率の低下傾向がみごとに見て取れます。
これらの結果から、どうやら〝聴こえが良ければ、薬剤師エンゲージメントも高くなる〟という仮説は支持されたようです。
在宅には対応していなからといって、安心はできない!
今回調査したのは入居型の高齢者施設でしたが、先行研究によれば通所型の高齢者施設* 3 や、特定地域の市井で広く実施された聴力検査* 4 においても、高齢者の難聴有病率は約80%~70%とかなり高い数値を示しています。
ここから示唆されることは、薬剤師が持つ対人業務スキルを高齢者の薬物治療に活かすためには、薬局の外来窓口も含めて聴こえの問題の対策が必要な時代に突入したのではないかということです。高齢患者さんと接触があるほとんどの薬剤師の皆さま、聴こえの対策は行われているでしょうか。
- 森和明ら,第17回日本在宅薬学会学術大会,一般口演(2024) 論文投稿済み
- 君付隆ら,耳鼻と臨床,Vol.57(2011)
- 鈴木恵子ら,Audiology Japan,Vol.62(2019)
- 下方浩史ら,JOHNS,Vol.24,No.9(2008)
(文責)2024.9.4
㈱ユヤマ学術部 部長 森 和明
<編集後記>
- 静かに進行していく高齢者の難聴は、旧知の患者さんでも知らない間に聴こえが低下している可能性も。対人業務が思わぬところで足元をすくわれないように願っています。(学術部:森和明)
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