クリニック経営における財務諸表と確認ポイントについて解説
クリニックを長期的かつ安定的に経営していくためには、月次や年次といった定期的な収支の把握だけでなく、経営状況を多角的に分析する力も求められます。
なかでも、財務諸表を通じた現状の可視化とその理解は、将来的な経営戦略を立てる上で不可欠です。
財務諸表には、損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)、キャッシュ・フロー計算書(C/F)が含まれており、それぞれ異なる側面から企業の経営状況を可視化します。
本記事では、それぞれの財務諸表において確認すべき主なポイントについて解説します。
損益計算書について
損益計算書はクリニックの収益性を示す財務諸表であり、売上高・費用・利益などの情報から一定期間の経営成果を把握できます。
売上高には、保険診療による診療報酬や自由診療による収入が含まれます。
一方、費用には、人件費・材料費・外注費・減価償却費などが含まれ、これらのバランスが経営の健全性に大きく影響します。
粗利益や、「売上総利益(粗利益)÷ 売上高」で求められる利益率の変動を把握することで、収益構造や経営の効率性を評価できます。例えば、売上高に対する人件費の割合が過度に高い場合には、スタッフの配置や業務フローの見直しが必要になることもあります。
また、利益の減少要因やコスト削減の可能性を探るには、売上原価や販売管理費の推移を継続的に分析することも重要です。
損益計算書の基本構成
クリニックにおける損益計算書は、主に以下の項目で構成されます。
売上高 | 保険診療による診療報酬や自由診療による収入 |
売上原価 | 医薬品や医療材料の仕入れ費用、検査機器の消耗品費やその他診療に直接関連する費用 |
売上総利益(粗利益) | 売上高から売上原価を差し引いた利益 |
販売管理費 | 人件費、家賃、広告費、光熱費、医療機器のリース費、ITシステムの管理費、セキュリティ費など |
営業利益 | 売上総利益から販売管理費を引いた利益 |
経常利益 | 営業利益に金融収支(利息や手数料)を加味した利益 |
税引前当期純利益 | 最終的な税引前の利益 |
クリニック経営における損益計算書の確認ポイント
クリニック経営で損益計算書の情報を参考にする際、確認すべきポイントは以下の5点です。
1. 売上高の推移を把握
クリニックの売上高は、保険診療による診療報酬と自由診療による収入で構成されます。
月ごとの推移を確認し、患者数の増減や診療単価の変化を分析することが重要です。
2. 売上原価と粗利益率の管理
売上原価には、医薬品や医療材料の仕入れ費用、検査機器の消耗品費やその他診療に直接関連する費用が含まれます。
仕入れコストの上昇が利益に与える影響を考慮し、適切なコスト管理を行うことが求められます。
3. 販売管理費の内訳を確認
人件費や家賃、広告費などの固定費はクリニック経営において大きな負担となります。
無駄な経費が発生していないか定期的に見直し、適正なコスト管理を行いましょう。
4. 営業利益と経常利益の安定性
営業利益はクリニックの本業の収益力を示し、経常利益は全体の経営状況を表します。
両者のバランスを見ながら、安定的な経営ができているかを確認することが重要です。
5. キャッシュ・フローとの比較
損益計算書だけでなく、後述するキャッシュ・フローも確認し、利益が実際の現金収支と一致しているかを把握することが求められます。
クリニック経営においては、保険診療による診療報酬の、支払基金からの入金サイクルを考慮した運転資金の確保が必要です。
貸借対照表について
貸借対照表は、資産・負債・純資産の3つの項目で構成されるクリニックの財政状態を特定の時点(決算日)で把握するための財務諸表です。
資産には、現金・預金・保険診療による診療報酬の未収金・医療機器などが含まれ、負債には借入金・未払い金・未払費用などが含まれます。
純資産はクリニックの自己資本を示すもので、将来の投資や成長のためのリソースとなります。
中でも、負債と純資産のバランスを確認することで、自院における借入金の返済能力や財務の健全性を評価することができます。
また、資産の流動性が低い場合は資金繰りが困難になる可能性があるため、定期的な財務状況の見直しが必要です。
貸借対照表の基本構成
貸借対照表を構成する要素は以下の3点です。
資産 | 現金及び預金、事業未収金、たな卸資産、建物、医療用器械備品、
ソフトウェアなど |
負債 | 買掛金、借入金、未払金など |
純資産 | 基金、資本剰余金、利益剰余金など |
また、資産と負債は以下のようにそれぞれ流動と固定に分けることができます。
- 流動資産(現金・預金・未収金など)が十分にあるか
- 固定資産(医療機器・建物など)が過剰でないか
それぞれの流動・固定資産は以下のように分類されます。
流動(資産・負債) | 正常な事業活動の過程で生じるものは流動に区分
例)資産:事業未収金、たな卸資産 負債:買掛金 |
|
上記以外 | 入金や支払期限が、決算日の翌日から1年を超えて到来するもの | |
固定(資産・負債) | 入金や支払期限が、決算日の翌日から1年以内に到来するもの |
クリニック経営における貸借対照表の確認ポイント
クリニック経営において貸借対照表を参照する際、確認すべきポイントは以下の4点です。
1. 資産のバランスを把握する
先述の通り、資産には流動資産と固定資産が含まれます。
無床クリニックでは設備投資の比重が多くなりがちなため、固定資産に資金が偏りすぎると資金繰りが悪化する可能性があります。
設備投資を行う際は、流動資産とのバランスを考慮することが重要です。
2. 負債の返済計画を確認する
クリニックの負債には、1年以内に返済が必要な負債である「短期負債」と、1年以上かけて返済する「長期負債」があります。
短期負債(買掛金・未払金など)が増えすぎていないか、長期負債(借入金など)の返済計画が適切かなどを確認しましょう。
設備投資などで銀行融資を受けた場合は、長期負債の返済計画をしっかりと確認し、無理のない範囲で返済を進めることが重要です。
3. 純資産の推移をチェックする
純資産は、クリニックの財務の健全性を示す重要な指標です。
自己資本比率が低すぎると、外部からの借入に依存した経営となり、財務リスクが高まります。
経営の安定性を確保するためには、純資産を着実に増やし、自己資本比率を高めることが重要です。
4. キャッシュ・フローの確保を意識する
クリニックの財務管理では、現金(キャッシュ)の流れを把握することも不可欠です。
貸借対照表上で、現金・預金の割合が低すぎる場合、保険診療による診療報酬や未収金の回収が遅れている可能性があります。
現金・預金の残高を適切に保つ方法を検討する際には、保険診療による診療報酬の入金サイクルを必ず確認しましょう。特に、クリニックでは毎月のキャッシュ・フローを安定させることが経営の鍵となります。
キャッシュ・フロー計算書について
クリニックにおけるキャッシュ・フロー計算書は、クリニックの現金収支を把握するための資料であり、以下3つに区分されます。
- 営業活動によるキャッシュ・フロー
- 投資活動によるキャッシュ・フロー
- 財務活動によるキャッシュ・フロー
これにより、現金の流れを視覚的に把握し、資金繰りの健全性を確認できます。医療機関では支払基金からの振り込みにはタイムラグがあるため、キャッシュ・フローの管理には特に注意が必要です。
未収金の発生や支払い遅延は、資金繰りに悪影響を与える可能性があるため、定期的にキャッシュ・フローの管理を見直しましょう。
キャッシュ・フロー計算書の基本構成
一般的なキャッシュ・フロー計算書は、以下の要素で構成されます。
営業活動によるキャッシュ・フロー |
|
投資活動によるキャッシュ・フロー |
|
財務活動によるキャッシュ・フロー |
|
クリニック経営におけるキャッシュ・フロー計算書の確認ポイント
クリニック経営においてキャッシュ・フロー計算書を参照する際、確認すべきポイントは以下の3点です。
1. 保険診療による診療報酬の入金タイミングを考慮した資金管理
保険診療による診療報酬は、診療月の翌々月に支払われます。
診療を行った時点では、保険負担となる分の現金が手元に入っていないため、入出金日を考慮したキャッシュ・フローの管理が特に重要になります。
キャッシュ・フロー計算書を確認し、短期的な資金ショートを防ぐことが大切です。
2. 設備投資のタイミングと金額の管理
クリニックでは、医療機器の導入や施設の改装など、高額な投資が必要になる場面があります。
そうした投資活動によるキャッシュ・フローが大きくマイナスになっていないかを確認しましょう。
設備投資を適切にコントロールし、資金繰りの負担を抑えることが重要です。
3. 借入金の返済計画を適切に立てる
クリニック開業時や設備導入時には、銀行からの借入が必要になることが多いです。
財務活動によるキャッシュ・フローを確認し、無理のない返済計画を立てることが重要です。
借入の返済が重なる月にキャッシュが不足しないよう、余裕を持った計画を立てることが求められます。
減価償却と資金繰りの関係
減価償却とは、高額な医療機器や設備の購入費用を耐用年数にわたって分割計上する会計処理です。
例えば、1,000万円の医療機器を購入した場合に、一度に費用として計上せず、数年間に分けて計上することなどが挙げられます。減価償却を行うことにより、財務諸表上ではクリニックの利益や税負担を平準化できます。
しかし、減価償却費は実際の現金支出を伴わないため、資金繰りの面では注意が必要です。資金繰りの観点では、医療機器を購入したタイミングで多額の現金支出が発生します。
一方、減価償却費として計上されるのは分割された金額となるため、利益が出ていても現金が不足するリスクがあります。保険診療による診療報酬の入金にはタイムラグがあるため、クリニックでは、綿密に設備投資の計画を立て、資金繰りを悪化させない工夫が重要です。
一例として、リースを活用して初期投資を抑える、銀行借入を利用して手元資金を確保するといった対策が挙げられます。減価償却費は税務上のメリットもある一方で、帳簿上の数字と実際のキャッシュ・フローが異なります。
そのため、減価償却を考慮した経営判断を下す際は、十分な資金繰りに関する考慮が求められます。
おわりに
本記事では、それぞれの財務諸表において確認すべきポイント、及び高額な医療機器や設備を導入した際の減価償却・資金繰りについて解説しました。
財務諸表には、損益計算書・貸借対照表・キャッシュ・フロー計算書があります。それぞれの財務諸表は、収益や資金の流れを把握し、経営戦略の策定・見直しに活用されています。特にクリニック経営においては、保険診療による診療報酬の支払いにタイムラグがあることを考慮したキャッシュ・フロー管理が必要です。
健全な経営を実現するため、各種財務諸表に関する理解を深めていきましょう。
参考ページ:厚生労働省ホームページ「医療法人の財務に関するチェックポイント」
(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/2houkokusho_h24-02-04_3.pdf)

株式会社ユヤマ

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