電子カルテ普及率の最新動向:導入のメリットと課題、医療DX推進について解説
電子カルテの普及率は、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)を測る重要な指標のひとつです。電子カルテにはさまざまなメリットがあり、医療機関の業務効率を改善する重要なツールといえます。本記事では、電子カルテの普及率に関する最新の国内データと国際比較、導入のメリットや課題、そして「医療DX令和ビジョン2030」や電子カルテ情報共有サービスについて解説します。
日本における電子カルテ普及率の最新データ
日本では、以下5点を実現するため、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を実施しています。※1
- 国民の更なる健康増進
- 切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供
- 医療機関等の業務効率化
- システム人材等の有効活用
- 医療情報の二次利用の環境整備
医療DXの推進に伴い、日本国内における電子カルテシステムの普及は年々進んでいます。しかし、医療施設の規模によってその進捗には大きな差が見られるのが現状です。
医療施設全体および施設規模別の電子カルテ普及率
厚生労働省の調査によると、令和5年(2023年)における一般病院全体での電子カルテシステムの普及率は65.6%でした。病床規模が大きいほど普及率が高い傾向にあり、400床以上の大規模病院では93.7%、200床未満の病院では59.0%となっています。さらに規模の小さい一般診療所では、普及率は55.0%に留まっています。※2
引用元:厚生労働省. 電子カルテシステム等の普及状況の推移 ※2
電子カルテ普及率の年次推移
電子カルテシステムの普及率は、年々上昇しています。例えば、一般病院における普及率は平成23年(2011年)には21.9%でしたが、令和5年(2023年)には65.6%へと大幅に増加しました。一般診療所では、同期間に21.2%から55.0%へと普及が進んでいます。
この継続的な伸びは、医療現場におけるデジタル化の必要性に対する認識の高まりや、システムの機能向上、そして国による医療DX推進の動きなどが背景にあると考えられます。しかしながら、特に診療所における普及率は大病院と比較して低く、その差はむしろ拡大しています。この普及率の差は、全国的な医療情報連携基盤の構築や、地域医療連携を推進する上での課題のひとつといえます。
諸外国における電子カルテの普及率
電子カルテの導入と標準化は、世界各国で医療の質向上と効率化を目指す上で重要なテーマとなっています。2019年に厚生労働省がまとめた「諸外国における医療情報の標準化動向調査」をもとに、各国の普及率について解説します。※3
米国
HITECH法等の政策的インセンティブにより、電子カルテの普及率は開業医で約80%、病院では85~100%と非常に高くなっています。日本と同様に、規模が大きい病院ほど普及率が高くなっており、200床以上の病院ではほぼ100%に普及しています。※3
スウェーデン
1990年代にはすでに90%以上の普及率を達成しており、NPÖ(National Patient Overview)という全国的な患者情報概観システムへの接続率も高い水準にあります。自治体主導でシステムが導入され、主に診療機能に特化しているのが特徴です。※3
英国
政府の補助金により2012年までに90%の普及率を達成しており、Spineという全国的な医療情報共有基盤も運営されています。※3
シンガポール
政府の資金提供によって公立病院ではほぼ100%の普及率を誇り、国家的な電子健康記録システム(NEHR)が運用されています。民間医療機関への普及も補助金により推進されていますが、情報共有システムへの接続率はまだ低い状況です。※3
これらの国々の取り組みは、強力な政府のリーダーシップや財政的支援、明確な標準化戦略が電子カルテ普及の鍵であることを示唆しています。統計を取得した年度や病院の区分は異なりますが、日本の普及率と比較すると、主要国では日本よりもさらに電子カルテの普及が進んでいることがうかがえます。
主要国における電子カルテ普及・標準化の比較概要
国名 | 普及率の概要 |
---|---|
米国 | 開業医(GP):約80%、病院(HP):85~100%(2018年) |
スウェーデン | 90%以上(1990年代~) |
英国 | ~99%(2012年時点) |
シンガポール | 全体:80%以上、公立病院:約100% |
日本 | 病院:65.6%、診療所:55.0%(2023年) |
出典:厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移」、厚生労働省「諸外国における医療情報の標準化動向調査」をもとに作成 ※2、3
電子カルテを導入することで得られるメリット
電子カルテの導入によって紙カルテにはなかったさまざまなメリットが得られることも、普及が進む理由といえます。電子カルテ導入のメリットの一部をご紹介します。
いつでもカルテの内容を確認できる
紙カルテは院内に保管スペースが必要であり、診療の際は大量のカルテのなかから必要なものを探す時間も要します。一方、電子カルテはサーバーやクラウド上に保管されているデータを院内のデバイスで確認することができ、診療効率や利便性の点で優れています。
記録が読みやすく入力しやすい
紙カルテは、経年劣化によって視認性が下がることがあります。一方、電子カルテは保存されたデータそのものが劣化することはなく、何年経過しても高い視認性を維持できます。キーボード入力はもちろん、ペンタブ等のデバイスを用いて手書きで情報を残したり、音声入力を活用したりすることもできます。入力した内容のチェック機能を搭載している電子カルテもあり、安全性の向上や診療の効率化が実現します。
ほかの人が使用しているカルテを同時に参照できる
紙カルテは複製して使うものではなく、ひとつの紙カルテに情報を書き込み、複数の院内関係者と情報を共有します。そのため、医師が診察中はほかのスタッフは記載や参照ができません。また、離れた場所でカルテの内容を確認することもできません。一方、電子カルテの場合は診察中や時間を問わず、院内のどこからでも複数名が同時に情報を確認できます。場合によっては複数名が同時にカルテへ情報を記載することも可能で、利便性が向上します。
電子カルテには、ここでご紹介した以外にも多岐にわたるメリットがあります。その一方で、デメリットが存在することも事実です。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
関連記事:電子カルテの仕組みや導入するメリット・デメリットをご紹介
診療所における電子カルテ導入の課題と背景
診療所で電子カルテの導入が大規模病院ほど進まないのは、単にコストの問題だけではありません。その背景には、診療スタイルや経営判断に関わるいくつかの課題が存在します。診療所の電子カルテ導入における主な課題を5つご紹介します。
必要な機能の不足・拡張性の低さ
電子カルテによっては、必要な機能が搭載されていなかったり、システムの拡張性が低かったりすることがあります。特に、現状の紙カルテで困っていない場合や画像管理の必要性が少ない場合には、電子カルテ導入のメリットが感じられず、導入に消極的になってしまうことがあります。
セキュリティ基準の不明確さ
電子カルテのセキュリティ基準が明確でないと、情報漏洩リスクの懸念から導入を見送るケースも少なくないでしょう。また、年配の医師がパソコン操作に不慣れであったり、停電や緊急時の対策が不十分だったりする場合には、導入のハードルが特に高くなります。
医療における役割や守備領域の不明確さ
電子カルテの具体的な役割や守備領域が明確でない場合、導入に対し不安を感じるケースも少なくありません。
電子カルテ導入が法律で義務化されていないこと
電子カルテの導入は法律で義務化されていないため、導入するか否かは各診療所の経営者の判断に委ねられています。紙カルテから電子カルテへの移行は、単に記録媒体が変わるだけでなく、診察のスタイルや質に変化をもたらす可能性があることから、導入に慎重になるのも当然といえます。
資金的な制約や導入タイミングの難しさ
電子カルテの導入にかかる初期費用やランニングコストへの懸念がある場合、資金的な制約から、他の医療機器や設備の購入・更新が優先されて電子カルテ導入の優先順位が相対的に低くなるケースがあります。また、「自院の実情に合った使いやすいシステムが登場するまで待ちたい」と考えたり、既存のレセコンなどのリース契約期間が残っていたりして、導入が先送りされることも考えられます。
限られた経営資源のなかで医療の質を最大限に高めるためには、電子カルテシステムの機能性や価格だけでなく、導入によって得られる臨床的価値や経営的メリットも含め、総合的に検討する必要があります。
政府による電子カルテ推進政策:「医療DX令和ビジョン2030」と電子カルテ情報共有サービス
日本政府は現在、医療DXを強力に推進しており、その中核に電子カルテの普及と情報共有の促進を位置づけています。「医療DX令和ビジョン2030」と「電子カルテ情報共有サービス」について解説します。
「医療DX令和ビジョン2030」の概要
「医療DX令和ビジョン2030」は、厚生労働省が中心となって進める医療分野のデジタル変革構想です。遅くとも2030年には、おおむねすべての医療機関において、必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指すとされています。このビジョンの実現に向け、厚生労働省内には推進チームが設置され、「電子カルテ・医療情報基盤」タスクフォースの設置に関する議論が行われています。※4、5
電子カルテ情報共有サービスの全国展開
政府が進める医療DXの柱のひとつが、「電子カルテ情報共有サービス」の全国的な展開です。全国の医療機関や薬局において、患者の同意のもと、必要な医療情報を共有・閲覧できる仕組みを目指すというもので、主に以下のサービスが提供されます。※5
- 文書情報を医療機関等が電子上で送受信できるサービス
- 全国の医療機関等で患者の電子カルテ情報(6情報)を閲覧できるサービス
- 本人等が、自身の電子カルテ情報(6情報)を閲覧・活用できるサービス
このサービスでは、主に以下の「3文書6情報」が共有の対象となります。これらの情報は、医療情報交換の次世代標準フレームワークであるHL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)を活用して、安全かつ効率的に共有されます。※6
- 3文書: 診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書
- 6情報: 傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報(救急時、生活習慣病関連)、処方情報
関連記事:電子カルテにおける3文書6情報とはどのようなものなのか?
電子カルテ情報共有サービスが実現することで、患者および医療機関にとって以下のようなメリットがあります。
患者のメリット
より質の高い、継続性のある医療を受けられます。
医療機関のメリット
他院での診療情報を参照することで、より的確な診断や治療につながり、業務の効率化も期待できます。特に、入院設備を持たない診療所にとっては、他の医療機関との連携を強化し、患者にとって最適な医療を提供するための重要なツールとなり得ます。
ただし、電子カルテ情報共有サービスの恩恵をすべての国民や医療機関が享受できるようになるには、診療所を含む幅広い施設規模の医療機関に電子カルテが普及し、標準化された形式でデータ出力が可能であることが前提となります。現時点での電子カルテ普及率を考慮すると、まだ多くの課題を克服する必要があるといえるでしょう。
関連記事:電子カルテ情報共有サービスにおけるクリニックへのメリットとは?
電子カルテの今後の展望と普及に向けた取り組み
本記事では、電子カルテの普及率に関する最新の国内データ、諸外国との比較、導入のメリットや課題、そして政府の推進策について解説しました。電子カルテの普及は、医療の質向上、業務効率化、そして患者中心の医療を実現するための重要なステップです。今後のさらなる普及に向けては、多角的なアプローチが求められます。
例えば、電子カルテシステムメーカー各社の継続的な努力はもちろん、国による医療DX政策の推進や整備は、電子カルテ導入の後押しとなります。また、電子カルテ自体のメリットはもちろん、電子カルテ情報共有サービスを通じて得られる診療情報の共有メリットが具体的に示されれば、これまで導入に踏み切れなかった医療機関にとっても前向きに検討するきっかけとなることでしょう。
また、IT導入補助金制度のような金銭的支援も、導入のハードルを下げる一助となります。今後の政策においても、特に中小規模の医療機関に対する導入支援策が検討されることが望まれます。
参考資料
※1 厚生労働省. 医療DXについて.
※2 厚生労働省. 電子カルテシステム等の普及状況の推移
※3 厚生労働省. 諸外国における医療情報の 標準化動向調査
※4 厚生労働省. 「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム
※5 厚生労働省 医政局. 医療DXの更なる推進について.
※6 厚生労働省 医政局. 文書情報(3文書)及び電子カルテ情報(6情報)の取扱について.

株式会社ユヤマ

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