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視点を持って業界を読み解く。調剤Scope

医薬分業のメリットは
なぜ国民に見えないのか?【第三回】

東京大学大学院 薬学系研究科 育薬学講座 教授 澤田康文

1,600万回超/年もの実績を有する薬剤師による疑義照会を経た処方変更。明らかに国民の健康を守る貢献でありながら、メリットを享受した当の国民にはほとんど見えていない。その背景に潜むファクターとは何なのか?澤田教授に語ってもらいます(森)

薬剤師はなぜ自分の行為を自慢しないのか?

薬剤師は、前回に提示した2つのシミュレーション事例のように「医師の間違った処方を私、薬剤師が事前回避しましたよ!」とは通常述べない(主張しない)。ましてや、薬剤師は、患者に対して医師を非難中傷するような言動も一切取らない。医師は、薬剤師とは仲間(医療のチーム)であるから、このような対応をとるのは当然だと主張する方もいるだろう。
一方で、薬剤師が今回の重複投与(問題ある処方)の事実を患者と家族にダイレクトに述べると、医師の間違いを指摘する(露呈させる)ことになるから、医師に対して申し訳ないし、場合によっては医師が嫌な気持ちになって不機嫌になるかもしれないと懸念する。それは困る。なぜなら、処方せんを発行してくださる重要な方だから失礼があってはならないと。

また、薬剤師が不適正な重複投与を発見したこと、最悪の場合を説明すれば、医療不信、医師不信に陥らせることになる。更に、医師の問題行為を薬剤師が発見、ケアしたということになって、薬剤師の意に反して “自慢話” となってしまう。
それはいつも医療チームの中の縁の下の力持ちと考えている薬剤師としての本意ではない。正に、日本の文化、「謙譲の美徳」である。欧米では、「私は他人よりこんなに良い点を持っている。自分にはできることが沢山ある。」と他人にアピールするのかもしれない。しかし、日本ではその反対であり、自分を実際より低く見せることによって相手の地位を高めてもらう。薬剤師は、このように医師には遠慮と配慮を欠かさず、また一歩二歩下がって、自分の素晴らしい行為を国民に露わにすることなく、とても控えめな行動をする職能集団なのである。

一方で医師の医療行為は患者からどう見られているのであろうか? 病気の治療がうまく達成できたのであれば、患者から見れば「医師のお陰」であると直ぐに理解できる。プラスの現象(成功)の自然な提示である。医師が特に主張や自慢などしなくても、誰にでも理解できることであり、医師は必ず感謝される。看護師への評価も同様であろう。

薬剤師の疑義照会の行為は、マイナスの側面(失敗)の回避であり、回避したからと言って、目に見えて何かが起こるということはない。患者は平穏無事なのである。薬剤師がそのトラブルの回避を主張しなければ、患者とその家族は、何が起こったのかということすらわからない。一方で、薬剤師の関与によって治療効果が改善されるようになったとしても、患者は、処方した医師に感謝することはあっても薬剤師に感謝することなどあり得ない。

薬剤師のチェックはマイナスの回避。だから、重要な業務だが目立たない。出来て当たり前という厳しい目線には、無死満塁で登板するクローザーの立場を想起させます(抑えて当たり前)。そんな中、「薬剤師さん、ありがとう!」と医師・患者双方から言われるケースが確実に存在するようです。こうした事例が陽の目を見るよう、国民に知らせる必要性があるのではないでしょうか。次回、最終回はそんな話題です(M)

新薬まるわかり2015
澤田 康文 東京大学大学院 薬学系研究科 教授

(文責:2015年12月 澤田 康文 東京大学大学院 薬学系研究科 教授)